羽山回峰行・春の峰
私どもの寺院がある福島県伊達市梁川町山舟生に位置する霊峰羽山。
標高458メートルの低山ではありますが
本山があります京都の醍醐山とほぼ同じ標高、あちらは450。
ここ羽山はかつては修験道の行場として篤い信仰があったお山でした。
寛文期(江戸前期)以前には、この山の先達の所属をめぐり、
地元の社家と法印家との間で論争が続いた記録も残されております。
それだけこの山が、里の祈りの中心であった証ともいえるでしょう。
「羽山」という名は、福島県内のみならず各地に多く見られます。
それは後に東日本へ広がる出羽三山信仰の前身ともいえる
「羽山信仰」に由来するものと考えられています。
里に近い低山に、農の恵みをもたらす神を祀って、
また祖霊の宿る山として手を合わせる。
人は山に登ることで、遠い神仏を求めるのではなく、
本来は自らの足元にある「いのち」と向き合ってきたのかもしれません。
さて、今年で二回目となります春の羽山入峰。
当日は朝八時集合。静かに入山式が執り行われ
皆、里宮である羽山神社にて一礼し、天狗岩より山道へ進みます。
前日の雨により足元はぬかるみ、山頂付近の急坂では
何度も滑りそうになりました。
こうして歩みを進めるたびに思わされるのは、
「思うように進まぬこともまた修行である」ということです。
道中、出戸羽山・中羽山・鞘堂(奥の院)を経て、
三十三観音を拝しながら尾根を進みます。
一歩ごとに手を合わせるその行いは、外にある仏を拝むと同時に、
己の内にある仏心を確かめる道でもあります。
そして最後に辿り着く一杯清水。
弘法大師の伝説を今に伝えるこの場所には、
今なお清らかな水が湧き続けております。
この度は運よく、オオサンショウウオの卵にも出会うことができました。
静かに息づくその命の姿に触れ、山がただの自然ではなく、
「生かされている世界」であることを改めて実感させられます。
そこにある、生まれる命、死にゆく命、私らもその一員であると。
今回も僧侶と行者のみでの入峰となりましたが、
来年の春の峰には一般の方々にもご参加いただければと考えております。
近年、登山を楽しむ方は増えておりますが、
道中の祠や神社に手を合わせる方は決して多くはありません。
けれども、ひとたび言葉を交わせば、多くの方が心を向けてくださいます。
人は本来、祈る心を失ってはいないのだなと感じます。
山に登るということは、ただ頂を目指すことではなく、
己の内を見つめ、日々の在り方を問い直すことでもあります。
風の音に耳を澄まし、足元の一歩に心を寄せるとき、
そこには神の息吹があり、
また仏の教えが静かに語りかけていることでしょう。
今後もこの羽山において、
それぞれが自らと向き合う回峰行という「ひととき」となるような
登拝の機会を、今後も大切に重ねてまいりたいと思います。
合掌


鞘堂(奥之院)

一杯清水。中にはオオサンショウウオの卵が見えます

まだ雪化粧が残る蔵王連峰




多くの巨石や奇石
